昨日で55歳となりました。
早いもので、33歳で脱サラ串特急を創業し、22年間が過ぎようとしている。
8つの会社を起業し、150店舗の飲食店を開業。ダイエー子会社を買収し、株式上場を狙うが、第三者増資先に裏切られ、創業会社を辞める。
バリ島での4年間のレストラン経営から、人生はお金ではないことを学び。
2001年9月13日ニューヨーク開店計画が、9.11での取りやめから、人生何があるかわからない教訓を得。
買収した飲食店を任せていた社長に逃げられ、人間を信じられない位の衝撃を受けた。
17年間に137店舗の開店のため、自宅にも戻らず、家庭を顧みないための離婚も経験した。
私が東電に入社した当時、課長以上の管理職は55歳で定年となり、子会社等に再就職していた。
今は、57歳となっているが変わらない。
そして、当時の55歳は、本当におじさんで年寄りだった。
昨日は、東京での開店披露への出席を取りやめ、1日に4歳になったばかりの娘や家族と自宅で誕生日会を開いた。
55歳と言っても、目の前にいる4歳の娘を見ると、まだまだ30代のエネルギーが沸いてくる。
東京にいる息子からもお祝いの電話をもらい、近く東京で会う約束をした。
現在の技術や医療の発達で、人間は125歳くらいまで生きられるとのことだ。
まだまだ人生の折り返し地点である。
脱サラからの22年間の経験を生かせば、これからの70年をワクワク・ドキドキで生きられる。
これからは、自分のことより、他の人のために働こう!
そして、本当にやりたかった世界への進出も果たそう!
今度こそ、家族のため、自分のために、私が人として生まれてきた役割を果たそう!
今週末予定の東京でのセミナーも、おかげで予定の人数をオーバーする集客が図れた。
杉山春樹としての人生経験と人を思いやるやさしさ溢れたセミナーにしたい。
これからは、焦らず、一歩一歩ゆっくり進むつもりだ。
目標にしていた「特急列車」が「鈍行列車」になってもかまわない。そして、人生という車窓をゆっくり眺めていこう。
この55年間でご迷惑や心配を掛けた方々には深くお詫びしたい。
そして、新しい杉山春樹が誕生する。
これからの私を見ていてほしい。

